サカロフ夫妻-アレクサンドル, クロチルド

サカロフ夫妻は、モダン・バレエ勃興期にイサドラ・ダンカンに続き、ヴァーツラフ・ニジンスキー、セルゲイ・ディアギレフらとともに第一線で活動したバレエ・ダンサーですが、同時期の1931年に初来日をし、日本バレエ黎明期をけん引した石井漠などはサカロフ夫妻の演技を観に渡欧しているほど傾倒しており、日本バレエ界の一部に多大な影響を与えたそうです。その3年後の1934年にも再来日をしています。しかしながら、日本ではバレエそのものが黎明期でしたのでその来日に関する国内資料も少なく、他方欧米におけるその活動歴も、ノイエ・タンツなどの流派にも属さず両大戦期その拠点をフランス・ドイツ・スペイン・アルゼンチン・イタリアなどを短期間に何度も変えていることも有るのでしょうか、本場での資料も多くは無く、このたび入荷したサカロフ夫妻2度の来日時のプログラム、特集雑誌などは稀少な資料になるものではないでしょうか。

アレクサンドル・サカロフ (Alexander Sakharoff) はロシアで生まれフランスはラカデミー・ジュリアンで絵画を学び、後に自らの創作ダンスにおける"ぶっ飛んだ"と評される衣裳デザインも手掛けたその感性は加えて当時通いつめたと言うサラ・ベルナールの演技やルーブル博物館によって育まれたと自身も述べています。

クロチルド (クロチルド・フォン・デルプ, Clotilde von Derp) はドイツに生まれ早くからバレエを嗜み、ミュンヘン公演時アレクサンドルと出会ったそうです。

また双方とも音楽的素養が有り、アレクサンドルの姉はルビンシュタインに師事していたなどのエピソードも本入荷分には満載でございます。また無音楽舞踊を標榜した本人の寄稿文も含め、評論なども当時の日本バレエ界をけん引しまたサカロフ夫妻来日時公私ともに交流があった牛山充、蘆原英了、石井獏などが寄せており、舞踊日本は石井漠主宰による出版、表紙デザインを原弘が担当、当時の日本バレエ界の中心的人物の熱気を帯びた寄稿文が多く見られます。